2023年10月5日木曜日

『彼らは世界にはなればなれに立っている』太田愛著 感想・レビュー 歴史は繰り返す──現代の黙示録

 人間の浅はかさとは!?

時代設定皆無、国もどこか分からない。      

カイのイメージ

それでも、一言で感想を述べるなら心が抉られる。

主人公が章ごとに変わるストーリー。

ジャンルは多岐にわたり、差別された人々を描く。


あらすじ

〈はじまりの町〉で生まれた民は、みんな誇りを持っている。

その初等科に通う少年、トゥーレの母は、「羽虫」と呼ばれている。

母の作るドレスは、センスも良く人気があるが驚くほどの低賃金で働かされている。

誇り高き住人たちは、他所から来た人々を羽虫と蔑み、日常的に差別していた。

羽虫たちの住居イメージ

そして、町一番の金持ちの伯爵にみんな心酔していた。

豪華客船がやってきた日、トゥーレの母は姿を消す。

その事件をきっかけに、町では悪意の連鎖が起き始めた。


ネタバレ感想

この本を読み始めた時、どこか遠い国のおとぎ話かなといった感じで中々ストーリーに入り込めなかった。

語り手がマリに変わると一気に引き込まれ、魔術師の章では涙がこぼれた。

トゥーレがクッキーの空箱に隠した一枚の写真から紐解いていく。


登場人物はざっとこんな感じ。

トゥーレ …トラック運転手の父、羽虫の母を持つ。

カイ …判事の息子。マリを慕う優等生。トゥーレの友人。

コンテッサ …伯爵が連れてきた美貌の女性。

マリ …映画館の受付嬢。褐色の肌を持つ。雪を見たことがあると言ったせいで嘘つき呼ばわりされる。出生に秘密がある。

ハットラ …羽虫の期待の星。赤毛。足が速く中央の学校に推薦される。

怪力 …伯爵が所有する博物館の監視員。大きな体躯の持ち主。

葉巻屋 …吸殻を拾い、葉巻を作って売っている。情報収集に長けている。父も葉巻職人。弟子を持つ。文字が読める。

魔術師 …成功した試しがない魔術を披露する。禁書をトゥーレに貸し出し、マリとも親しい。


羽虫に対して人間扱いをしない、どこまでも非情な住民たち。

荒廃した町

トゥーレの母(アレンカ)とマリに起こった出来事は、えげつなく、酷くて辛く苦しい。

昔のような設定で描かれているけど現代にも起こり得そうで寒気がした。

魔術師の章で全てが解き明かされていくが、カイとトゥーレの姿に悲しくて涙が出た。

上記の登場人物たちは何も悪いことをしていないのに。

町の悪意の犠牲になってしまう。

どうか、こんな世界はなくなってほしい。

好きか嫌いかの2択なら、私はこのストーリーは嫌い。

だけど、読むべき作品だと思う。


『彼らは世界にはなればなれに立っている』私の評価は★3


ストーリー  ★★★★☆  4
キャラの魅力 ★★★☆☆  3
衝撃度    ★★★★☆  4
おすすめ   ★★★☆☆  3



2023年8月23日水曜日

『向日葵を手折る』彩坂美月 感想・レビュー 田舎の都市伝説に絡めた青春ミステリ

 みんなが噂する向日葵男とは?

『向日葵を手折る』は、情景描写が素晴らしく、堪えきれず何度も涙をこぼした。

タイトルも素敵。

連続する不穏な事件と共に描かれる淡い恋。

限界集落のコミュニティは怖くもあり、羨ましくもある。

夏祭りの終わり

巡る季節の移り変わりは臨場感たっぷり。

都会育ちの主人公ならではの雪に対する心情がすごい理解できた。

私の大好きな小説、ベスト3に食い込む作品だ。






あらすじ


父の急死で、祖母を頼り、母と共に山形の集落に引っ越した小学校6年生の高橋みのり。

そこで強烈な印象を放つ2人の同級生と出会う。

夏、集落のみんな総出で行われる伝統行事「向日葵流し」。

その為に植えられていた向日葵の花が、何者かによって全て切り落とされる。

同級生たちは怖がり、「向日葵男のしわざだ」とつぶやく。  
立ち入り禁止の沼とは?


そして、みのりの周りで色んな出来事が起きる。

犯人は一体。

そして向日葵男とは?

集落で過ごした彼女の忘れられない4年間を描く切ない青春ミステリ。


ネタバレ感想


隼人(はやと)と怜(れい)、対照的な2人少年の存在が良かった。

粗野で乱暴者の隼人、穏やかで笑みを絶やさない美少年の玲。

2人の絆にヤキモチするみのりの心情も良かった。

みのりは、不気味な向日葵男に怯える同級生たちの傍ら、沼へ足を運んだり、図書館へ通ったりと真相を究明しようとする。

それがメインストーリーかと思いきや、青春要素が多め。

ハナの事件はすごく悲しく、思い出しても泣ける。

自生の果実を捥ぎ取り、2人で分けて食べる何ともない行為が、思春期の到来で何となく戸惑ってしまう描写も良かった。

中学生になった隼人の成長ぶりにドキッとした。

反対に心を閉ざすようになった玲との対比も良かった。

ラストにかけて分かる真相にも涙が溢れてくる。

みのりと誰がくっつくのかちゃんと描かれていないのも良かった。

名前が一緒なので余計感情移入してしまったけど、私なら隼人かな。

もう一度読み返したい小説。

大好きです。


『向日葵を手折る』私の評価は★5


ストーリー     ★★★★★   5
キャラの魅力   ★★★★☆   4
衝撃度      ★★★★☆   4
おすすめ      ★★★★★   5












2023年7月26日水曜日

『アリスとテレスのまぼろし工場』岡田麿里著 感想・レビュー 変化することが許されない世界

アリスとテレスのまぼろし工場

変化は悪。工場に幽閉されたのは狼少女!? 


劇場アニメの原作。

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の脚本家によるオリジナル作品。

彼女が関わった『凪のあすから』は好きだった。

幻想的なストーリーが好きな人ならハマりそうな世界観。

夜の製鉄所


あらすじ


見伏(みふせ)で暮らす人々は、製鉄所の恩恵を受けて暮らしている。


その町で暮らす中学3年生の菊入正宗(きくいりまさむね)の父も祖父も叔父も製鉄所で働いている。

自分も将来製鉄所で働くだろうと思いながら、正宗は友人たちと受験勉強をしていた。

そんな時、爆音が響き製鉄所が赤く燃え上がる。

変化を禁じられ日々を窮屈に過ごす正宗は、大人びた同級生の佐川睦実(さがわむつみ)に製鉄所の第五高炉にいる野生動物のような少女の世話を頼まれる。

その日から、正宗の心が少しずつ変化し始める。

それは同時に、この世界の均衡が破れる序章だった。  
廃電車






ネタバレ感想



登場人物

菊入正宗        主人公。絵を描くのが好き。中世的な容姿。
時宗(ときむね)    正宗の叔父。正宗の家に入り浸る。
昭宗(あきむね)    正宗の父。見伏の人間にしては珍しい地方私大出。
美里(みさと)     正宗の母。
宗司(そうじ)     正宗の祖父。

佐上衞         見伏神社の跡取り息子。
佐上睦実        目立たないが謎めいた少女。

園部裕子(そのべゆうこ)ショートヘアで体格が良い。睦実に嫉妬している。
           学級委員長。
安見(やすみ)     小柄で甘ったるい声の持ち主。

笹倉(ささくら)    正宗の友人。小太りでお調子者。睦実を気に入っている。
仙波(せんば)     正宗の友人。華奢。
新田(にった)     正宗の友人。大人びている。

五実(いつみ)     第五高炉にいる獣のような臭いを放つ少女。睦実に少し似ている。



アニメで見た方が分かりやすいかなと思える作品だった。

なぜなら、登場人物が多い割にキャラが立っておらず人物関係の把握に時間がかかった。

この人誰だっけと思いながらページを戻ったり。

見伏が閉じ込められた理由と、五実の正体が分かった時は面白くなったけれど、展開が雑。

ラストに向けて感動するでしょ泣けるでしょっていうのが伝わって無理だった。


主役の2人には魅力を感じない。

狼に呑まれることを望んだ仙波が印象的。

それに昭宗、時宗の方が魅力ある描き方だった。

五実を閉じ込めてた理由や、彼女に冷たく接していた睦実の理由もよく分からない。

正宗が結局言語を教えっちゃってるし。

なぜ言葉が話せないのか、行方不明になった年齢の時、話せてたのに?

原作を読まずに劇場版を見た方が良いかも。

色々消化不良。



『アリスとテレスのまぼろし工場』私の評価は★1


ストーリー   ★★☆☆☆ 2
キャラの魅力  ★☆☆☆☆ 1
衝撃度     ★★☆☆☆ 2
おすすめ    ★☆☆☆☆ 1




2023年7月16日日曜日

『完璧な小説ができるまで』川崎七音(かわさきなお) 感想・レビュー 創作の獣とは?誰かの人生を決定的に変える小説を作るために

人気作家監禁事件! 犯人の動機は?


「映画でも漫画でもなく、なぜ小説なのか」

小説に魅了された3人の男女が描かれる。

映画や漫画はイメージが先にできている。

小説だけは読み手のペースでページをめくり、想像することができるとある人物が言う。

自称本好きの私は、なるほどと思った。

なぜ、壮一(そういち)たちは完璧な小説を書くことにこだわったのか?


あらすじ


人気小説家・相崎一歌(あいざきいっか)の監禁事件で逮捕された月村荘一(つきむら)は、暴走したファンではなく高校時代の友人だった。

取調室で根気よく尋問する刑事に、月村は重い口を開く。

すべてを語り終えた先に突きつけられた驚くべき真相とは?


ネタバレ感想


いやー面白かった!!

後半の怒涛の展開に目が離せなかった。

❝二転三転の衝撃!❞

という帯の謳い文句は間違いなかった。

あのキラキラした青春は何だったのか。

突きつけられた真実に絶望し、救いようがなく後を引く。

文芸研究会同好会メンバー

月村荘一 友達がいない。同好会でやっと自分の居場所を見つける。

柊木逸歌(ひいらぎいつか)長い手足に整った容姿を持つ男子。一見陽キャで友人が多い。

相崎姫野(あいざきひめの)話し出すと止まらないムードメーカー



驚くほどこの小説は登場人物が少ない。

もしかしてこの小説もプロットの一部なのでは?と思ってしまった。

創作欲に憑りつかれてしまった3人。

みんなが踊らされていた。

サイコパスの人間と出会ってしまったために人生が台無し。

ラストのページまで飽きることなく読める。

もっと注目されても良い作品。

血を吐くような努力をして本は生みだされていくんだ、作家さんてすごい。



『完璧な小説ができるまで』私の評価は★5


ストーリー   ★★★★★  5
キャラの魅力  ★★★★☆  4
衝撃度     ★★★★☆  4
おすすめ    ★★★★★  5

2023年6月30日金曜日

『君を愛したひとりの僕へ』乙野四方字 感想・レビュー 二人が出会わない世界線

並行世界にいる彼女が幸せだったらいい


僕が愛したすべての君へ』(僕君)と同時刊行本。

栞イメージ


こちらのストーリーは恋愛色強めだが、ラストはとても切ない。



 あらすじ

並行世界が実証された世界。

両親が離婚し、虚質科学研究所で働く父と暮らす日高暦(ひだかこよみ)。

彼は、父の勤務先で休日を過ごしていると、佐藤栞(さとうしおり)という少女に出会う。

強烈な出会いと、境遇が似ている為、2人で過ごす時間が増えていく。

そんな中、父の再婚話が持ち上がり、相手が栞の母だと知り愕然とする。

兄妹になれば結ばれない、そう思った2人は逃避行を開始する。


ネタバレ感想

2冊とも絶対読んだ方がいい。

栞を愛した暦、和音を愛した暦が描かれる。

最先端の研究所イメージ

「僕君」の方がハッピーエンド。

こちら「君僕」では、「僕君」の謎が解ける形になる。

総じて、暦にとっていなくてはいけない存在は和音だった。

それは暦も途中から分かったみたいだけど、口にはできない。

暦と栞が会わない世界線にも和音はいた。

どうして時間旅行ができるのか、ビールの泡に例えてあったけど難しくて意味が分からなかった。

「君僕」を先に読むのがおすすめかな。


『君を愛したひとりの僕へ』私の評価は★4


ストーリー  ★★★★☆ 4
キャラの魅力 ★★★☆☆ 3
衝撃度    ★★★☆☆ 3
おすすめ   ★★★☆☆ 3




『仮面』 伊岡瞬著 感想レビュー 仮面の下の秘密

  仮面 (角川文庫) ディレクシアを知る 初読みの作家さんでした。 ページ数は多いけどすぐに読み終えました。 グロ描写ありです。 あらすじ 読字障害というハンディキャップを抱えながらもアメリカ留学の後、情報番組を中心にメディアに露出する三条公彦(さんじょうきみひこ)。 知的で爽...